20年が過ぎても

夜中、じゃがたらを聴く。
その昔、初めて音源を聴く迄はじゃがたらがファンクなバンドだとはまったく想像もしなかった。暗黒に彩られたどろどろのわけがわかんないものだと思っていた。

江戸アケミが死んでから来年は20年になる。年月が過ぎていくのはおそろしく早い。80年代は遠い過去だ。僕の人格と思考と行動範囲を構築したその頃、大人になることが当時の自分と地続きだとは思えなかった。周囲に子どものような大人はいなかった。

子どものような大人になってしまったのかと自問自答してみても、答えはでない。大人のようでもあるし、まだ子どものようでもある。子どもみたいだと言うのは自分への甘えでしかないようで恥ずかしい気持ちにもなる。

こんな弱々しい気持ちを吐露したところで、いったい誰の共感を得るというのだ。

そういえば20年前もこんなだらだらとした日記を付けていた。やはりちっとも変わっていないことに気付き愕然とし、呆然と佇むしかない。